吹奏楽コンクールが始まり僕のTwitterタイムラインが賑わっています。
そんな中にこのようなツイートがありました。
子どものコンクール現場で、出場する子どもたちが他の演奏を聞いて
— Piano犬飼裕哉 (@pianoyuya) August 10, 2018
ミスをすると笑っていたり
テンポがおかしいと大声で指摘していたり
悪いことの指摘の声ばかり耳に入る
そんな音楽観に育つならコンクールなんてやめたほうがいいと思う
修行を通して人格の成長が伴わないなら、その修行は嘘だ。
これについて、指導者や先生の教育が悪いという意見がとても多く見られたのですが、僕はちょっと違う捉え方をしています。
実は僕、高校生のときこんな感じでした。こんな感じになったのには理由があるのですが...
高校一年のときから音大受験のための個人レッスンやピアノ、ソルフェージュのレッスンを受けていて、多少なりとも周りの人たちに比べればよく吹けていたんだと思います。部活の先輩や同期の一部はいろいろと僕のことが気に入らなかったようで村八分的にされていました。
最初はそんなことなかったんです。きっかけは突然現れた自称プロの中年指導者の存在。どうもこの人の言うことやることすべて胡散臭い。
僕の高校はもともと生徒たちだけですべて行い、指揮者は学生指揮者か、OB…と言っても音大を出ているわけでもない至って普通の長く交流のある先輩にお願いする和気あいあいとした部活でした。
しかし「吹奏楽コンクール勝ちたい病」を発症した先輩たちがどこからか呼んできたのです。この胡散臭い自称プロを。
どれほど胡散臭いのかというと、例えば吹奏楽コンクールで「B組(35名)は人数が少ないぶん、ホールのステージではこぢんまりとしてしまうから、見た目にも迫力がある音をだすために、ステージいっぱいに広がりなさい!」と言い出したのです。
かくしてコンクールでは各奏者の間隔およそ1〜2m。そういう現代音楽でもやるんですか?って並び方で演奏して、見事な評価を受けました。察してください。
「(旧)ラッパの吹き方」にもこの話題を以前書いたことがあるのでよかったら見てください↑
そんなんでアンサンブルできるわけないのは誰だってわかるはずです。この人、なんか恨みでもあって我々を陥れようとしているんじゃないか、と疑うようなことばかり言ってくるので、これはまずいと思って幹部に目を覚ましてもらおうと意見したら、村八分。盲信している信者って怖いですよ。
埒あかないので自称プロに直談判したら目をつけられてしまい、合奏中僕だけを名指して何度も一人で演奏させられ、「お前がいるからダメなんだ」「お前が足をひっぱっているんだ」と罵声を浴びせられ続け、遂には高校2年の吹奏楽コンクールの数日前に突然部長から電話で「お前コンクール出なくていいから」と一方的に言われてしまいました。当然コンクールは出ていません。
ああ、この部活はもうダメだし、自分の居場所じゃないし、音楽じゃないし、自分にとってメリットは何もないと思って自主的に辞めました。
吹奏楽部では特によく見られる「勉強不足な指導者」が根拠ないことや不確定なことを偉そうに子どもたちに言いふらしているそれが今の吹奏楽部のハチャメチャな習慣や勘違い、成長の妨げをしていることに繋がっていることが高校生の頃からずっと納得がいきません。もちろん、素晴らしい指導者さんもたくさんいらっしゃいますが。
前置きが長くなってしまいましたが、こんな扱いを受けて人間不信になった高校2年生の僕は、何がなんでも音大に合格して、この自称プロみたいには絶対にならないぞ!部活で散々言ってくれたヤツらをアッと言わせていやる!負けてなるものか!と半狂乱でトランペットやピアノ練習、音楽研究、音大受験の勉強をだけをしていました。今振り返ってもあの頃の僕は本当にイカレてたと思います。生きていること=音楽をすることで、呼吸の全てはトランペットの中に入っていたような感じ。
そんなでしたから、それまで所属していた部活に対しての敵視もすごくて、文化祭や定期演奏会をとにかく批判的な目で見て、アンケートでは1枚では書ききれないくらいのコメントを書きなぐる。内容は間違ったことは言っていなかったと思うけれど、超ストレートな意見を事細かく書いたそれは、大変ショッキングなアンケートだったことでしょう。
こんなイカれた高校生はそうそういないとは思いますが、ただ、冒頭で提起した話題は、その生徒個人のキャラクターによるものだと思うのです。
簡単にいえばプライドが高い、自分の演奏や音楽観に自信を持っている子。負けず嫌い。そういった評価をされてきた子。
そして音楽をする上でこのプライドは大切だと僕は思います。できるだけ強いプライドを持っておくべきだし、それがなければ表現者にはなれません。
むしろ控えめや姿勢や、誰かに譲ってしまうような気弱さや優しすぎる意思、簡単に曲がってしまうプライドの弱さは音楽を演奏する上では足を引っ張ってしまうのです。
ただし、批判的な意見を口や態度に出す挑発行為には何のメリットもなく、相手を傷つけてしまうだけのものですから、それについては誰かが諭してあげることが大切で、指導者がその役割を担うべきだと思います。
荻原明(おぎわらあきら)
0コメント