学校教育の美術授業と芸術はまったくの別物

非公開になってしまったのですが、ツイッターで高校生が美術の授業で「好きな画家の作品を模写する」課題が出たので、会田誠氏の作品を模写したら、美術教師に否定されたとのこと。


何かと話題になる会田誠氏作品ですが、


これもつい最近話題になりましたね。


そもそも芸術って学校とは相性が悪いですね。

人間の心を形にするわけですから、欲望や空想の制限がない。実際にやってしまったら大問題になることでも、絵画や音楽であれば問題ない。

でも学校というのは「臭い物に蓋をする」傾向にありますから、空想であっても犯罪的なニオイがするもの(日本の憲法に抵触しそうなもの)や、金や性など欲望から生まれるあれこれから目を逸らすようにしているところがありますから、学校教育の美術には線引きがあります。


美術の先生もわかっていると思うんですよね。多分。

芸術とはそもそも何なのか。そして学校教育で行う美術とは何なのか。

先生は学校教育を司るもっと上の機関の人が決めた線引きにのっとって美術という授業をしなければならないわけで、多くの場合、芸術と美術は完全に別物として扱っていると思われます。


だから今回の課題のように「好きな作品」とは言っていても、その言葉の中には「越えてはならない範囲」が含まれているわけです。生徒が選んだ会田誠氏のその作品は、その範囲を越えてしまったわけで、先生もそういったことが起こる可能性に覚悟はあったとは思いますが、対処の仕方(生徒へのコメントの書き方)に苦労をされたと感じます。会田誠氏の作品が(芸術作品として)悪いわけでもないし、一生懸命描いた生徒も悪くないので。ただ、美術の授業範囲ではなかった、ということ。


芸術ってどうしてもそうなってしまう。学校の吹奏楽部も同じようなことがよく話題になりますね。サロメとか中国の不思議な役人とかを中高生に演奏させていいのか、と。


作品は悪くないわけで、難しいところです。



そんなことを書いているうちに、僕が中学生の時の美術のおじいちゃん先生にはなぜかとても嫌われていたことを思い出しました。僕は別に反抗的な態度をとったわけでもなく、きちんと真面目授業も受け、作品も期間内に提出していました。なのに提出する作品すべてに最低レベルの点数をつけられて、危うく赤点になりかけました。

自分で言うのも何ですが、提出した作品はそれなりの完成度だと思っていたのに、提出した時にいきなり「なんだあ?これは!ひどいな!」といわれ、返却ついでに作品に細かいイチャモンを付けられました。ここがダメだここが減点だと僕だけ(というか学校教育の美術で技術的優劣を最優先に採点することはどうなのでしょうか)。


…なんであんなにあの先生にだけ嫌われていたんだろう。というか教師としてどうなんだろう。今となってはわかりませんが、なんだったんでしょうか。





荻原明(おぎわらあきら)

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