フランス人観光客「そばを啜る音が不快」
— はるか (@Kg5GhATZPPA1WKx) May 4, 2019
これは私もフランスから日本へ帰ってきたとき感じた
もちろん日本ではそう食べるのが一般的で食文化でもあるということは理解しているけど、私自信抵抗がある
最近の若い女性は啜る人がほとんどいないと思う
食文化も変容していけばいいね pic.twitter.com/uqWld222S3
フランス人観光客「そばを啜る音が不快」
これは私もフランスから日本へ帰ってきたとき感じた
もちろん日本ではそう食べるのが一般的で食文化でもあるということは理解しているけど、私自信抵抗がある最近の若い女性は啜る人がほとんどいないと思う
食文化も変容していけばいいね
というツイートを拝見しまして、何言ってんだと。
このツイートに対する反応を全部読んだわけではありませんが、ざっくり見てみると当然蕎麦をすするかすすらないかについて論争しています。でも、蕎麦のことからもっと視界を広げて「文化」として捉えてみれば、明確に見えてくるのです。
文化はその土地や地域、時代や環境、そして住む人たちの中で作られてきたものです。
例えば北欧は雑貨がとてもかわいらしく、カラーリングが個性的ですがあれは冬の時期が長く、寒い国だからこそ家の中で過ごす時間を楽しく充実したものにしようと発展した文化だと聞いています。
日本が左側通行になったのは、江戸時代に侍同士がすれ違う際に刀が触れ合って喧嘩が起こってしまうのを回避するためだという説がありますが、長い刀を腰に挿して歩く文化があったから生まれたものです。
江戸つながりで言えば、江戸前寿司も、当時は江戸っ子のせっかちな気質から立ち食いが流行したそうで、ごはんとおかずを一緒に手早く食べられるようにと作られたのが今の握り寿司だと言われています。
食文化で言えばこの江戸前寿司と同じくして天ぷらや蕎麦もブームだったようで、これらはいわば江戸時代のファストフード。丼ぶりものを手で持ってかっこんで食べるのもやはりこの時代に生まれたものなのでしょう。
慌ただしく食事を済ますそうとすれば、蕎麦もやはり丁寧にひとくちずつ食べているヒマなどなく、ガッとはしでつまんでズズズーーっとすすり上げる。いつしかこのような食べ方が主流になったわけです。
蕎麦のすする食べ方に関してはちょっと調べたら、そのほうが蕎麦の風味を感じられるから、という理由もあるようです。
何にせよ、あらゆる文化はその土地や地域、時代と環境とそこにいる人たちの中で自然と作られてきたものですから、観光客が自分の価値観(自分の文化的観点)から他の文化を否定するのは間違っています。
ただし、文化というのは時代とともに変化していくもの。その地域にいる人がその時点での文化を否定し、変えたいと思うのであれば、そうした活動を積極的に進めるしかありません。蕎麦をすするのがおかしい、変えて行きたいというのであれば、江戸時代から脈々と継承してきたこの文化を変えられるほどの発信力や行動力で長い時間かけて少しずつ変化させるしかないのです。これは法改正なんかよりもずっとずっと根気がいることだと思いますし、一代では無理かもしれません。
したがってその土地に根付いた文化は、その土地にいる中では受け入れるべきものだと考えています。
よく関西人が関東のことをディスることがありますが、あれもどうかと思います。関西は関西のすばらしい文化があり、関東は関東の文化が存在しているだけで、「そういうものなのだ」と認識し尊重し、その土地にいる限りはそういう事実があることを受け入れ、否定しないことに限ります(従えと言っているわけではない)。
そばはすすって食べるのです!ごちゃごちゃと自分の価値観を押し付けて受け入れられないのであれば蕎麦屋に行かないこと。これしか方法がありません。
荻原明(おぎわらあきら)
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