いきなり自信たっぷりなこと言いますが、かなり分析力があるほうだと思います。
言い換えれば「理屈っぽい」だけです。人によっては「そんなことどーでもいーじゃん」と流してしまうことを、「なんでだろう?」と考えてしまうことが多い気がします。
しかしO型のせいか、スイッチが切れると「んなことどーでもよくね?」となるのでめんどくさいな自分。
しかしこの分析スキル、トランペットのレッスンではかなり役に立ってます。
生徒さんが解決できなくて悩んでいることがあると、まずなぜ解決できないのか多角的に考えます。原因はどこにある?何がひっかかってる?今どう考えているんだろう?
そして実際にうまくいかないときの全体的な状況、からだの使い方や聞こえてくる音色などを総合的に見て、いくつかの可能性を暫定的に見つけます。
僕自身がトランペットの吹き方にめちゃくちゃ悩んで生きてきて、ひとつひとつ苦労して考えて実践し、解決してきたことはそのまま引き出しの多さとなり、そうした自身の経験も含めると、ある程度のことは解決しますし、その場で解決しなくても、原因を理解してもらい、解決するための練習方法などを伝えるところまではたどり着きます。
でもめんどくさがって結論しか伝えないと、生徒さんはなぜそうなったのかがわからないままになってしまい、解決する術をもたない状態で終わってしまいます。それではレッスンの意味がない。
でも結構いるんですよね。そういう人って多分わざと理屈を抜いて教えているんだと思うのですが、それをやると、習った人は「すごい!なんだかわからないけど良くなった!」と、まるで魔法にでもかかったかのように錯覚しやすいのです。
錯覚した生徒さんの中には、先生のことを魔術師のように思い、神様や教祖様のように崇拝することになります。いるでしょ?そういう生徒さんや先生。
しかも布教活動はそれだけでは終わりません。
その方法と結果だけを持った人がさらに第三者へ伝えることにより、都市伝説化するのです。
これが非常にタチが悪い。
自分がそんなことを起こしてしまうなんて考えただけでも辛いのできちんと理屈も伝えているのです。多少回りくどいと思われても。
そのぶん時間がかかるけど、全体像がはっきり見えて理解度が高くなる。
ちょっと意味不明かもしれないのですが、僕はレッスンのときにどんなスタンスでいるのだろう、と考えたら、こんな感じの道具を使い分けていました。
- 流れに沿って考える
- 流れに逆らって考える
- (暫定的な)正解を置いてみる
- 中心(核)を考える
- 時間を戻して考える
- 時間を進めて考える
- 方向を変える
- 俯瞰してみる
- 見なくする
- 消してみる
- 自分の方向を変える
- 道を外れてみる
- 立場を取り替える
- 想像(妄想)をはたらかせる
- とにかく組み立ててみる
- 一度破壊する
この中からいくつかチョイスして、同じ回答が導き出せたら、だいたい合ってます。
レッスンで「ピッチ悪いよ」と言い放ち、再度音を出させて「だから合ってないよ、高いよ」「力入ってるんじゃない?」とか誰でも見れば気づくようなこと言って時間ばかり経過した挙句解決しないレッスンなんてレッスンじゃないし。
荻原明(おぎわらあきら)
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