作曲者の話。
作曲者は本来、何かを伝えるために作曲をします。作品に込められたメッセージ、作曲者のイメージ。そうしたものが作品に込められています。
そうしたテーマやメッセージを強く伝えようとする人、捉える人に任せる人、後出しで言う人いろいろいます。もちろんその作品がどのような経緯で作られることになったかによってもこれらは変わっていきますが。
演奏者の話。
演奏者、という立ち位置があります。クラシック音楽では特に、作曲者の多くは自分の作品を楽譜という形式で残すことが多いため、演奏者がそれを元に聴く日の耳に届けるために音にしていきます。演奏者はそれぞれの作品を楽譜のデータだけでなく深く研究することで、作曲者の意図することを理解しなければなりません。ただし、それを表現するにあたっては演奏者の自由な感性、解釈が含まれて当然で、そうしたことから世界中でベートーヴェンのシンフォニーが毎日幾度となく繰り返し演奏されているわけです。クラシック音楽の楽しみ方はそうした演奏者ごとに異なる解釈の魅力によるところが大きいのです。
聴く人の話。
作曲者のメッセージ、演奏者のメッセージを受け取る側は耳や目で捉えます。人はそれぞれ生まれ育った環境も受けてきた教育も関わってきた人間も生きてきた時代も変わるために、同じものを目の前に出されてもそれを喜ぶ人もいれば嫌悪感を示す人も、理解できない人もいます。これは当然のことです。
しかも、人間はそれぞれ視点が異なるために、同じものを目の前に出されても、どこの何を見ているかはそれぞれです。
さらにさらに、人間は感情を持っているために、同じ人間であってもそこに至るまでの経緯や時間、場所、一緒にいる人間などによってもまったく違う反応を示します。
もうひとつ付け加えると、人間は忖度をします。自分が興味なくても、周りの人や自分よりも地位が高い人、権力を持った人が良いと言えば、心では否定しても肯定の言動をする生き物です。
もちろんそれらの度合いも人それぞれ。もうさっぱりわからない。
したがって、何かの演奏を聴いた時、それを絶賛する人もいて当然です。ただ、表現者の力でそうした人たちが同じ方向を向くこともあります。音楽もそうだし、宗教もそう。
さて、このように作曲者、演奏者、聴衆、それぞれの立場がありますが、それらのどの人たちにも自由が存在します。表現の自由。それを受け取る、もしくは拒否する自由。賛同、否定の自由。法律やモラルに反しない限り自由です。
しかしそこには人間同士の関わりがあることは事実。みんなが嫌な思いをして、これ以上創作や演奏表現をしなくなるような批判はするべきではありません。生産性が下がるからです。生産性が下がるとクオリティが下がります。結果的にみんな嬉しくないし楽しくないのです。
クオリティが低いことに対する激励は良いことです。高め合うために行われる指摘も、言葉遣いやその内容や言い方によりますが必要なことです。それらはポジティブだし、愛があるので良いのです。
音楽を含めた表現、芸術は常にポジティブでありたい。それが僕の信念です。
さて、星野源さんのお話。
あるタイミングを境にツイッターに怒りの嵐ツイートが散見されていました。最初は何事かと思ってみていましたが、それがどうやら安倍首相によるものだとわかりました。
正直言って、多くの人がなぜそこまで怒り、大騒ぎするのか僕には理解できません。いや、わかります。わかりますよ。言いたいことは。
でも僕はそう思わない。理由は上記に書いた通りです。
僕は最初にあの動画を見たとき、爆笑しました。圧倒的にセンスがなくて、圧倒的に演技が下手で、圧倒的に空気読めなくて、それがかえって微笑ましく、面白かったのです。
そもそも、あのような動画をネットにあげたのはなぜだろうと「ポジティブに」考えたとき、「家ですごしましょう」というメッセージを伝えたかったからなのだろう、と捉えれば、そうした活動の一貫としていると考えれば別に怒る必要もないわけです。何も間違ったことを言っていないはずだから。
作曲者であり、演奏者でもある星野源さんは、その作品を通して「家で過ごしましょうね」「でも楽しく過ごしたいよね」「だからみんなにこの曲を聴いて欲しい」「できればみんなとネットを通じてコラボしたい」そうしたポジティブな発想で今の状況を乗り切り、そして前向きに捉えようとしてくれていると僕は受け取りました。
多くのパフォーマーやチャレンジしたい人がそれに賛同し、コラボ動画を作り配信をする。作曲者の意図を理解して自分の発信したい、という表現者としての関わりと行為が成立しています。これが「表現」です。
そしてツイッターやインスタなどでそうした動画を見ている人がいます。いろんな動画に対していろんな感想を持つことでしょう。この人演奏上手だな、センスあるな、面白いな。時には、ちょっと上手じゃないな、とか面白くないな、と感じることもあると思うけれど、全体と通してみれば、みんな星野源さんのメッセージを汲んでポジティブに捉えていることなので、とても良い空間がそこにはあります。
パフォーマンスで言うなら、別に音楽でなくても何でも良いので、芸人さんが自分の得意とする表現でコラボしているのもあってそれも面白い。表現は自由だからこれもOK。
だから安倍さんのコラボもOK。
表現という世界でみればこうなるわけです。
じゃあなぜ安倍さんの動画だけがこれだけ怒りを買い、問題になったのか。
それは音楽とか、表現とか、そういったものとは全然違う部分にあるわけです。
ひとことでまとめれば「安倍さん空気読めてないよね」ってことでしょう。
怒りになる人が多いのはタイミングでしょう。
人に噛みつかない。人を陥れようとか、潰してやろうとか思わない。
ネガティブな発想をしても全部そのまま自分に跳ね返ってきて、自分の心が蝕まれていくだけです。
視点をいろいろ変えて、冷静に状況を分析すると見えてくることがたくさんあります。その上で自分がどうあるべきかを考えます。
こんな時だからこそポジティブに。
荻原明(おぎわらあきら)
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