「音を遠くに『飛ばす』」という勘違いされやすい言葉

先日久しぶりに一般団体のオーケストラコンサートを聴かせていただきました。

なかなか聴く機会がありませんが、久しぶりに「あ、このサウンド」と感じたのでちょっと書いてみようかと。

ただ、趣味で演奏をされている方々に何か言いたいということではありませんのでご了承ください。


吹奏楽コンクールも近づいてきて(地方によってはすでに開催しているところもありますが)、練習にも熱が入ってくる頃かもしれません。音楽室を飛び出してホールや広い空間で合奏をする機会も増えてくるでしょうが、そのときに必ずと言っていいほど指導者の口から出てくる言葉、


「音を遠くに『飛ばして』」


この言葉は大変に誤解を生みやすいだけでなく、逆効果になる表現です。


音が客席まで届かない。

そう感じることが吹奏楽部や一般のいわゆるアマチュア団体にはとても多く起こる現象です。


先日のオーケストラでもそれを感じました。そしてやはりこの言葉を口に出したくなります。



「音を遠くに飛ばして!」



少し冷静に考えてみましょう。

まず、音というのは弓矢でも大砲でもボールでもありませんから、形ある物体が客席へ届くことはありません。

また、ホールというのは広い空間です。的(まと)があってその中心を狙うということではなく、1,000席あれば1,000人の人の耳に届けるわけです。


音って何ですか?


空気振動ですよね。


楽器って何ですか?


音を発生させるものですよね。弓でも鉄砲でもラケットでもありませんね。


じゃあ、ホールにいる人全員に音を届けるためにすべきことってなんですか?


楽器を響かせることです。


楽器を響かせるために必要なことって何ですか?

筋肉ムキムキの全開パワーですか?違いますよね。


音のツボに当てるってことです。


もう少し掘り下げますよ。


楽器の音って人間が最初から持っているものですか?違いますよね。

楽器そのものが持っているのです。


でも楽器は置いてあるだけでは音が出ません。


だから人間が必要なのです。


では人間は何をすべきなのですか?楽器に言い聞かせて命令させるのですか?

ちがいますね。 


楽器が楽器として本領発揮するためのサポートをするのです。


そのサポートとは何ですか?


それは楽器によって違いますが、絶対に言えることは、「常に楽器が演奏における『主語』でなければならない」という点です。



いかがでしょうか。

これ以上はレッスンでお話するとして、音を遠くへ飛ばすというあくまでも「比喩」表現は、大変に誤解を生みやすく、逆効果になりやすいのです。


プロが使っている楽器もアマチュアの方が使っている楽器も、クオリティの高さや値段の差がもしあったとしても、楽器であることには変わりません。そして楽器は最初から響く音を生み出すために作られたものですから、その素質は備わっているのです。


ということは、客席に届かないのは何が原因なのですか?


こんな考え方をするとすべきこと、求めること、課題が見えてくるはずです。


僕が常に大切だと感じている楽器に対する理論的な解釈はレッスンでもこのように行っています。もちろんこれは「音楽的」な要素を持っているからこそ意味のある行為です。素晴らしい音楽、人の心に届く演奏、楽しむ気持ち。それがあるから音楽は素晴らしいのです。その素晴らしさを十分に味わうために正しい理論が必要である、と考えています。



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荻原明(おぎわらあきら)

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