お金のために音楽やってます。

この話題、たびたび出てきますね。

僕もブログで何度か書きました。


プロである自覚を持つなら演奏したらお金をもらうのは当然というスタンスでいるべきです。

それに対して後ろめたさを持つ必要などありません。そのお金で次の一歩を踏めるわけだから、もらわないでどうするの?次の一歩はどうやって進むの?まさか貯金を切り崩すの?それじゃあプロとは呼べませんよね。


ドラクエだって、宿屋に止まったり薬草買うお金がなかったらいずれは死んでしまう。死んで教会で蘇らせてもらうためにもお金は必要だし。生きていくためにはお金は絶対必要なのです。


ただ、ちょっと目線を変えてみたいのです。


世の中で売買が成立されているもの、需要と供給のバランスが取れているもの、売れているものと売れていないもの。


これらは何が違うのか。


理由は一つではないと思います。どんなに良いものでも存在を知ってもらわなければ気づかれないし、知ってもらうための宣伝方法や内容にもよります。また、どんなに良いものをどんなに良い宣伝ができたところで、それを欲しいと思っている人のところに届けないとやはり意味がない。

そもそも、良いものかどうかの線引きとは何か。自分は何を求められているのか。自分が売りたいと思っているものと、実際に求められているものが完全に一致するとは限らないと理解できているか。


商品に自信はあるか。でもその自信を押し売りしていないか。逆に控えめにして質を落としていないか。


言い出したらキリがないけれど、ようするに世の中の売買が成立しているものって理由があるんですよね。成立しないものも同じ。


それを見抜けるか、見つけられるかだと思います。


リンクしたツイッターの、「お金儲けのために音楽やってるの?」と聞いた人は、そもそも音楽を演奏することに金銭的価値を見出していないだけで、多分どこまで行っても購入者になり得ない人なんだと思います。もしくは、ジャンルが違うか。


でもその人は悪い人だとは思いません。


例えば我々も、映画を観るとしてもホラーは絶対見ない!あんなのにお金払うなんて馬鹿馬鹿しい!と言う人もいれば真逆の人もいる。アニメ大好きな人はいくらでもお金かけるけど、興味ない人にはそれが理解できない。


誰しもが同じものと同じ価値あるものとして捉えないのだ、と理解しておけば、自分の音楽を価値あるものと認めてくれる人を自分で見つける、もしくは見つけてもらうためのノロシを上げることが必要なのだと思います。


どこかにきっと需要はあります。


でも、どんなに探しても、どんなに努力しても需要がないのであれば、売っているものに疑問を持ったほうがいいと思います。改良を重ねる努力をするとか、買ってくれた方がどう思ったか、継続して購入して欲しいと思ってもらえたか、そうでないならどこにその理由があるのかのリサーチをするとか、思い切って違う商品にするとか。


それでも需要がないのであれば(もしくは自分の商品を変えるつもりがないなら/その努力をしない、できないのであれば)、廃業するほうがいいかもしれません。





荻原明(おぎわらあきら)

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