相手に敬意を払う心の大切さ

昨日偶然見つけたツイート。

『演奏会の感想を述べるときは、まず舞台上の演奏者に敬意は払うべきだと思う。演奏の出来がどうであれ、瑕疵があったとしても、舞台で弾くには裏でさまざまな努力があるのは間違いない。演奏の瑕疵を指摘する場合も、攻撃的な言葉で責めたり、ましてや人格を否定したりする表現は絶対にしてはいけない。』


ごもっともだと思います。

小売業でたびたび話題になる「お客様は神様」という言葉の履き違いによるトラブル。客は店員に対してお金を払っているのだから立場が上であるかのうように錯覚し、中には劣悪な態度で接してくる人が一定数いて、最近はやっと「それは間違っている」と発する声も増えてきましたが(まだまだですけど)、音楽にも同じことが言えると思います。


YouTubeなどインターネットで演奏している動画にはどこまでも上から目線で批判的に書き込まれているコメントや(アドバイスしてやってる感がすごい)、多分中高生だと思いますから悪意はないのでしょうが例えば「出だしのタンギングが悪い」「音をはずした」「音程が悪い」「テンポが正確ではない」などの本当につまらないコメントをしている人もよく見かけ、ああ、この子はそんなことしか言わない指導者のもとで吹奏楽をやっているんだろうな、かわいそうだなと思ってしまうこともあります。大人が悪い。


僕はレッスンや部活指導で、生徒さんに対して常に敬意を持つよう心がけています。過度になりすぎない敬語や丁寧語で接することは当然ですし、できないことに対して嘲笑したり「なんでできない!」とキレるなんて当然するはずもありません。

あくまでも理性的に、理論的に、そして生徒さんが意欲的に音楽、表現することの楽しさを持って楽器演奏するためにどうすべきかを伝えることに終始しています。


同業者同士でもこれは同じで、音楽をより良いものにするため、お互いを叱咤激励して高め合う姿勢そのものは素晴らしいと思いますが、その言い方が大切です。直接的すぎる表現や、そこから派生した無関係な言葉が含まれていることは避けるべきです。

相手を敬う心、その心から生まれる言葉遣い、感情的にならない冷静さ、主観だけで判断しないこと、そしてツイートにあるように、誰だって自分のベストを出そうと努力していることを理解する。こういったことが演奏に限らず「人間として」大切です。


ですから、コンサートを聴きにきたお客さんが、そのときの演奏に対して感想を述べることは当然自由だし、その感想の中に厳しい言葉が含まれていても、それは演奏者は受け止めるべきだと思いますが、お互い人間同士であることを忘れてはならないわけで、幼稚園や小学校で言われた「相手の気持ちを考えて」「自分が同じことを言われたらどう思う?」がなければ単なる攻撃になってしまうわけです。それは音楽である以前に人としてマズイ。


決して多くはないと思うのですが、人の演奏に対してツイートにあるように瑕疵(欠点)を攻撃的に言うとか、人格否定のレベルに達する言葉を言ってしまう人、それを直そうと思わない人は音楽に関わるべきではないと思います。努力しているはずの相手がどれほどまでにショックを受けるか、そうした人の気持ちも理解できないような人間が芸術という「相手に心を届ける」演奏ができるはずもありませんから。


人と人とは常に建設的に接していきたいものです。




荻原明(おぎわらあきら)


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